万博・国際展示会の多言語ナレーション制作完全ガイド:同時通訳とぶつからない設計、パビリオン別トーン統一、収録進行の実務

万博・国際展示会の音声設計は「翻訳」ではなく「体験設計」で決まる
博覧会、万博、国際展示会の多言語ナレーションは、企業VPや観光音声ガイドとは別物です。理由は明確で、来場者の移動速度、展示の密度、同時通訳の存在、各国パビリオンの文化的背景が、すべて音声設計に直結するからです。ここで失敗しやすいのは、「日本語原稿を英訳して各言語に展開すればよい」という発想です。実務ではそれでは足りません。必要なのは、言語ごとの理解速度、会場騒音、映像尺、通訳導線まで含めた体験設計です。
私が最初に決めるのは、音声の役割を3つに分けることです。第一に、展示内容を伝える“情報音声”。第二に、空間の感情を支える“演出音声”。第三に、導線や安全を担保する“運営音声”です。この3系統を混ぜると、聞き手は疲れます。特に万博では、1本90秒のナレーションに情報を詰め込みすぎるより、45秒×2本に分けたほうが滞留率も理解度も上がります。日本語で1分あたり300〜330文字、英語で130〜150 wordsを目安にすると、展示映像との同期が取りやすくなります。
同時通訳との共存は「音量」ではなく「役割分担」で設計する
国際展示会で見落とされがちなのが、同時通訳との関係です。ナレーションが強すぎると、登壇者やガイドツアーの通訳音声と競合します。逆に控えすぎると展示体験が痩せます。解決策はシンプルで、同時通訳が“リアルタイムの意味伝達”を担い、ナレーションが“空間の文脈と感情の固定”を担うよう設計することです。
具体的には、イベントステージ周辺では、常設ナレーションの周波数帯を中域に寄せすぎないことが重要です。男性ナレーションなら150Hz以下を軽く整理し、2.5kHz〜4kHzの張り出しを必要以上に強くしない。通訳音声が明瞭さを必要とする帯域を食わないようにします。BGMも同様で、通訳ブース運用があるエリアではLUFSを通常より2〜3dB抑え、展示音声全体を-18〜-16 LUFS程度で運用するとバランスが取りやすいです。会場PA、ヘッドホンガイド、アプリ配信で最適値は変わるため、最終確認は必ず現地モックアップで行います。
台本面では、同時通訳が入るセッション前後に、叙情的で比喩の多いナレーションを置きすぎないことも大切です。比喩は美しいのですが、会場情報が多い場では意味処理の負荷になります。通訳と共存させるエリアでは、1センテンス15〜25文字程度の短文中心、日本語でも読点を多めに入れ、息継ぎ位置を可視化しておくと収録も編集も安定します。
パビリオン別のトーン統一は「ブランド軸」と「地域性」の二層で考える
万博案件で難しいのは、複数パビリオンや複数ゾーンの音声を、バラバラにせず、なおかつ均一にもせずまとめることです。私はこれを「ブランド軸」と「地域性」の二層で整理します。ブランド軸とは、全体で共有する声の哲学です。たとえば「未来志向」「信頼感」「人間味」の3語で定義し、声質、テンポ、抑揚、語尾処理までルール化します。一方の地域性は、各国・各地域の文化的温度感を反映する層です。
ここで有効なのが、トーン設計表です。項目は最低でも、話速、声の明度、距離感、抑揚幅、語尾の長さ、感情の温度、固有名詞の発音ルールの7項目。たとえば先端技術パビリオンは話速1.05倍、抑揚は小さめ、語尾は短く。食文化や伝統工芸パビリオンは0.95倍、息を少し残し、母音の響きを豊かにする。こうして演出差をつくりながら、マイク、プリ、EQ、ラウドネス基準を揃えると、全体の統一感は崩れません。
実際の収録では、Neumann U87、TLM 103、Sennheiser MKH 416のような定番機材でも十分ですが、同一案件内でマイクを頻繁に変えすぎないことが重要です。言語ごとに収録スタジオが異なる場合は、48kHz/24bitで統一し、ノイズフロア、ピーク運用、ファイル命名規則を事前共有してください。ファイル名は「PAV03_JA_ZONEB_015_v2」のように、パビリオン、言語、ゾーン、連番、版数まで含めると事故が減ります。
収録スケジュール管理は「原稿確定率」で組むと破綻しにくい
万博系の音声制作で最も現実的な問題は、原稿が最後まで動くことです。映像編集、展示演出、翻訳監修、各国関係者の確認が並走するため、通常案件の感覚で収録日を固定すると高確率で再録が発生します。そこで実務では、スケジュールを日付ではなく“原稿確定率”で管理すると強いです。
私のおすすめは、原稿をA・B・Cの3段階に分類する方法です。Aは確定率90%以上で先行収録可、Bは70%前後で仮収録または保留、Cは未確定で収録禁止。これをGoogle SheetsやNotionで可視化し、列に「言語」「尺」「担当翻訳者」「監修者」「収録可否」「差し替えリスク」を入れます。さらに、1言語あたり総尺の15〜20%を再録バッファとして確保しておくと現場が回ります。たとえば総収録120分なら、追加20分前後の予備枠を最初から押さえる。これだけで終盤の混乱が大幅に減ります。
収録当日は、ディレクションシートを紙でもPDFでもよいので必ず1枚化してください。そこに、狙うトーン、禁則発音、固有名詞、数字の読み、秒数制限、OKテイク基準をまとめます。特に多言語案件は、「翻訳として正しい」ことと「展示で聞き取れる」ことが一致しません。だからこそ、言語監修、音声演出、展示運営の3者が、収録前に同じ1枚を見る体制が重要です。
万博のナレーション制作は、単に上手く読む仕事ではありません。通訳と争わず、空間に溶け込み、パビリオンごとの個性を守りながら、全体として一つの博覧会体験を成立させる仕事です。多言語であればあるほど、必要なのは派手さではなく設計力です。音声は最後に入る工程と思われがちですが、実際には最初に設計すべきインフラです。この視点を持てるチームほど、来場者の記憶に残る展示を作れます。

小林 将大 Masahiro Kobayashi
Professional Narrator
企業VP、CM、ドキュメンタリーなど年間300本以上のナレーションを担当。
高品質な宅録環境を完備し、スピーディかつ最高水準の音声データを提供します。
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